エピソード

  • 【今月の映画案内】坂の町・長崎から戦後の沖縄、そして昭和の疾走感へ――舞台劇原作映画の奥深さ
    2025/07/04

    解説:上妻祥浩(映画解説研究者)/聞き手:江上浩子


    🔶 長崎の街を舞台に描く静かな再生の物語


    『夏の砂の上』(7月4日公開)

    👉 公式サイトはこちら:https://natsunosunanoue-movie.asmik-ace.co.jp/


    舞台は坂の町・長崎。

    事故で幼い息子を失い、妻(松たか子)とも別居中となった主人公・小浦治(オダギリジョー)は、仕事も失い、人生の袋小路に立たされています。

    そんな彼のもとに現れるのが、妹・阿佐子(満島ひかり)の娘である姪・優子(髙石あかり)。事情があり、彼女を一時的に預かることになったことで、思いがけない二人暮らしが始まります。

    この作品は、坂や階段、路面電車など長崎の“日常の風景”が丁寧に描かれており、観光地としての長崎ではなく、“暮らしの長崎”を体感できるのが魅力です。


    共演は森山直太朗(元同僚・陣野)、高橋文哉(優子のバイト先の先輩・立山)、篠原ゆき子(陣野の妻・茂子)、光石研(元同僚・持田)ほか、豪華なキャスト陣が脇を固めます。

    静かに心を動かされる再生のドラマ。

    この夏、ぜひ劇場で体験したい一作です。


    🔶沖縄の記憶に刻まれた実話――


    『木の上の軍隊』(7月25日公開)

    👉 公式サイトはこちら:https://happinet-phantom.com/kinouenoguntai/


    本作の原作は、故・井上ひさし氏が沖縄戦の実話をもとに舞台化しようとしていた未完の作品。その構想を引き継ぎ、舞台劇として完成・上演され、今回ついに映画化されました。

    物語の中心は、沖縄・伊江島でガジュマルの木の上に逃れた二人の兵士。戦争が終わったことを知らぬまま、二年間、木の上でサバイバル生活を続けていたという驚くべき実話がベースです。

    主演は堤真一(本土出身の上官)と山田裕貴(地元出身の兵士)。

    この対比は、本土と沖縄の関係性を象徴的に映し出し、それぞれの葛藤や希望が丁寧に描かれます。

    特に印象的なのは、故郷を戦場にされた地元兵・慎平の「日常を取り戻したい」という切実な思い。その叫びは、熊本地震の記憶とも重なり合い、観る者の心を深く揺さぶります。

    実際に2人が潜んでいたガジュマルの木は、今も伊江島に残されています。


    🔶伝説の爆破スリラー、50周年で蘇る!


    『新幹線大爆破』(7月19日よりリバイバル上映)

    👉 公式サイトはこちら:https://daiichieigeki.com/3891/


    7月19日(土)〜27日(日)、本渡第一映劇(天草)にて、1975年公開の伝説的サスペンス映画『新幹線大爆破』が35mmフィルムでリバイバル上映されます!

    時速80kmを下回ると爆発する爆弾が仕掛けられた新幹線。そのスリリングな展開と社会派ドラマの融合は、今なお色褪せない傑作です。

    犯人役を演じるのは名優・高倉健。

    上映料金はワンコイン500円。この貴重な機会、ぜひ天草でお楽しみください。


    🔶 編集後記

    今月は、“日常”をどう描くか、どう再構築するかが共通のテーマとして浮かび上がる作品が揃いました。

    長崎の坂と心の坂道を重ねた『夏の砂の上』

    本土と沖縄の分断を静かに問う『木の上の軍隊』

    昭和の列車に込められた社会の緊張感『新幹線大爆破』

    ぜひそれぞれの劇場で、心に残る“今月の一本”を見つけてみてください。


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  • 「川辺川ダム」再浮上――5年目の節目に考える治水と命のあり方
    2025/06/27

    2020年7月4日未明、熊本県南部・球磨地方を襲った記録的な豪雨により、球磨川流域では50名の命が奪われ、住宅やインフラにも甚大な被害が及んだ。あれから間もなく5年。地域住民は生活再建や事業の立て直しに懸命に取り組んできた。

    そんな中、「川辺川ダム建設」が静かに、しかし着実に再び動き出している。元RKKアナウンサーであり、かつてから川辺川ダム問題に関心を寄せてきた宮脇利充さんは、「なぜ今、ダム建設が再び進んでいるのか」「果たしてその必要性は本当にあるのか」と問いかける。


    🔶かつて白紙撤回されたはずのダム計画が…

    川辺川ダム建設計画は、2008年に当時の熊本県知事が「白紙撤回」を表明し、実質的に中止された。しかし2020年の水害を受けて、今度は「流水型(穴あき型)ダム」として再び構想が浮上した。これは、治水に特化し、通常は水をためず、豪雨時のみ水量を調整するという形式だ。

    2027年度には本体基礎の掘削工事に着手し、2035年の完成を目指すという。完成すれば日本最大級、あるいは「最後の大型ダム」となる可能性もある。

    しかし、この計画には大きな疑問が残る。


    🔶「同じ豪雨が再来しても、ダムでは救えない」――市民調査が突きつけた事実

    市民グループや専門家による調査では、2020年の豪雨で亡くなった方々の多くが、球磨川本流ではなく支流の氾濫や山腹崩壊による土砂災害によって命を落としていたことが判明している。

    また、豪雨の降雨域は川辺川上流とは大きく離れており、仮にそこにダムが存在していたとしても、「命は救えなかった可能性が高い」と指摘されている。

    それにもかかわらず、国土交通省と熊本県はこれらの調査結果に十分な応答を示さないまま、ダム建設を推し進めているのが現状だ。


    🔶「手続きの裏側」で進んだ国の戦略

    さらに注目すべきは、国交省が旧計画(多目的ダム)の廃止手続きを正式に行わなかったことだ。白紙撤回後も10年以上計画を「寝かせ」、新たなダムを「継続案件」と位置づけることで、環境アセスメント(影響評価)を回避。結果として、スピーディに新計画を推進できる道筋をつけた。

    これにより2023年には土地収用法に基づく「事業認定申請」まで進んでおり、建設に反対する地権者の意向にかかわらず、土地の使用が可能となる段階にまで来ている。


    🔶「声を上げづらくなった」地域の空気感

    2008年の白紙撤回時には県内外で大きな議論と盛り上がりを見せた川辺川ダム問題。しかし2020年以降、報道も少なく、地域の関心も盛り上がっているとは言いがたい。

    その背景には、国交省が「ダムがあれば人吉市周辺の浸水範囲は6割減少した」と発表したことがある。多くのメディアはこれをそのまま報じ、「ダムがあれば救われた命があったかもしれない」という空気が広まった。

    「声を上げづらくなった」というのは、かつて環境保全を訴えていた住民や団体の率直な気持ちだ。自分たちの行動が、あの被害と関係していたのでは――という悔恨のようなものが、声を押し殺している。


    🔶今、本当に必要なのは何か?

    「穴あきダム」であっても、川の自然環境は大きく変わる。山の崩壊や支流の氾濫が主因であることがわかっている今、約4900億円とも言われる巨額の予算を「山林の再生」や「地域の防災力強化」に投じる方が、よほど効果的ではないか――。宮脇さんはそう訴える。


    「川辺川ダム建設が進む今こそ、再び私たち一人ひとりが考えるべき時です。『本当に命を守る方法とは何か』を、冷静に、丁寧に、向き合っていく必要があるのではないでしょうか」


    ゲスト:宮脇利充さん(元RKKアナウンサー)

    聞き手:江上浩子

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  • 「褒める」とは何か――子どもの強みを引き出すためにできること
    2025/06/20

    🔵「褒める」とは何か――熊本市立出水南中学校校長・田中慎一朗さんに聞く


    「褒める」という行為は、子どもの成長や自信を育む上で重要だと広く言われています。

    しかし、その褒め方や意図次第では、子どもの心に届かないどころか、逆効果になることさえある――。


    熊本市立出水南中学校の田中慎一朗校長は、「褒めるとは何か」について、私たち大人が改めて考える必要があると語ります。


    🔶褒めることは「伸ばす前提」になっていないか

    私たちはしばしば、「褒めて伸ばす」という表現を使います。

    これは一見、子どもの良さを引き出すポジティブな姿勢に見えます。

    しかし田中校長は、この「伸ばす前提」の褒め方に疑問を投げかけます。


    「褒めることで、子どもに何かを期待したり、伸ばそうとしたりする気持ちが先行してしまうと、子どもは『自分が本当に評価されているわけではなく、大人の意図でコントロールされようとしている』と感じることがあるのです」


    特に中学生は、その鋭い感受性で大人の意図を敏感に察知します。

    無理に褒めようとしたり、表面的な言葉で取り繕うと、むしろ反発を招くこともあるのです。


    🔶大切なのは「その子の努力や変化を見つける視点」

    田中校長は、子どもの頑張りに気づくためには、日頃からの観察と関心が不可欠だと強調します。

    「たとえば、45分間の授業でずっと座っていられたこと。それは、動きたくて仕方がない子にとっては大きな努力の結果なんです。その小さな変化を見つけて、『頑張ったね』『今日は落ち着いて聞けていたね』と声をかける。それが本当の意味での褒める、認めるということだと思います」


    褒めることは、点数や目に見える成果だけで判断するのではなく、その子の努力や成長に寄り添うこと。それが子どもにとっての「自分は見てもらえている」という安心感につながります。


    🔶外発的動機づけと内発的動機づけ――どちらを育むか

    「100点を取ったらご褒美をあげる」という外発的動機づけは、短期的には効果的かもしれません。

    しかし田中校長は、長い目で見れば「内発的動機づけ」、つまり子ども自身の内側から湧き上がる興味や意欲こそが重要だと言います。


    「知識を得ることが面白い、もっと知りたい、学ぶって楽しい――そう思えるような関わりを、日常の会話や学校の授業の中で積み重ねていく必要があります」


    褒めることはそのための手段であり、目的ではないのです。


    🔶大人自身が「リスペクト」をもって接する姿勢を

    田中校長自身、「自分ができないことを、子どもができている場面に出会うことがある」と言います。

    そんなときこそ、「すごいね、それどうやってるの?」と素直に尋ね、リスペクトを示すことが大事だと話します。

    「褒めるために無理にポイントを探すのではなく、その子の良さ、強みを認め、リスペクトする。そうした積み重ねが、子ども自身の自信や次の挑戦への意欲につながると思うのです」


    🔶普段からの関わりが、褒める力になる

    最後に田中校長は、こう結びます。

    「子どもたちは、大人の言葉や視線をとてもよく見ています。だからこそ、日々の関わりの中でその子を知り、小さな変化や努力に気づいて声をかけてほしい。それが子どもたちの心に届く“褒める”ということなんです。ぜひ、子どもたちと対話を重ね、認める言葉をかけてあげてください」


    「褒める」とは、子どもを育てるだけでなく、大人自身の成長を促す営みでもあるのかもしれません。


    出演

    熊本市立出水南中学校校長・田中慎一朗さん

    聞き手:江上浩子


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  • 渋滞を嫌って自転車に乗り始めたら…人生初のレースに出場することに ――人生は思わぬ展開へ 壱岐島での50キロ完走を語る
    2025/06/13

    🔵ニュース515+plusのコメンテーターとしておなじみの斉場俊之さんが、思いがけず「自転車レースデビュー」を果たしました。

    きっかけは、日々の生活における渋滞ストレスからの脱却。

    気軽に利用できるシェアサイクル「チャリチャリ」から始まった自転車生活は、ついに海を越えて長崎県・壱岐島でのレース出場へとつながりました。


    🔶「ツール・ド・壱岐島」――島全体がサーキットになる一大イベント

    斉場さんが挑んだのは、6月8日に開催された「ツール・ド・壱岐島(壱岐サイクルフェスティバル)」。

    1989年から続く歴史ある大会で、今年で第37回を迎えました。


    一般市民も参加できる本格的なレースであり、当日は島内の道路が完全封鎖され、交通規制のもと自転車だけが走行を許されるという、まさに“島がサーキットになる”特別な一日です。


    全長50キロのコースを、斉場さんは見事1時間52分で完走。

    「スポーツとは無縁の人生だった」という本人の言葉からも、その達成感はひとしおだったようです。


    🔶島全体で支え合う応援と安全の仕組み

    「沿道には、消防団の方や島民の皆さんがずっと立って応援してくださっていて、あの声援がなかったら完走はできなかったかもしれません」

    スタート前は緊張で心拍数が上がっていたという斉場さんですが、島民の温かな応援に心が落ち着き、走るリズムを取り戻せたと語ります。競技中に沿道の人々に手を振り返す余裕もあったとのこと。

    地域をあげてのこの大会は、競技者だけでなく、島全体が一つの空気で包まれる“お祭り”でもあります。


    🔶52歳の挑戦「成長するって、まだできるんだ」

    今回のレースに向けて、斉場さんは1か月間にわたるトレーニングを積んだそうです。

    坂道の多いコースに備え、菊池や山鹿の山道でアップダウンを意識した走行を重ね、「少しずつ速くなっていく自分」に驚きと喜びを感じたと言います。


    「この年になると“成長”ってなかなか実感しづらい。老化の方が気になる年齢だけれど、努力すれば成果は出る。何かを始めるのに年齢は関係ないと実感できました」


    年齢を重ねてなお、新しい挑戦の中で自分をアップデートできるという体験は、きっと多くの人の背中を押すでしょう。


    🔶自転車の楽しさ、そして危険性への意識

    元々は渋滞回避のための移動手段だった自転車。

    斉場さんは、今回の経験を通してその「楽しさ」自体に目覚めたと言います。


    「サーキット化された道路を、ノンストップで全力で漕ぐ。普段の生活では決してできない体験でした。気持ちよかったですね」


    一方で、スピードが出る分、危険性への注意も必要だと強調します。

    レース中には転倒者も出ており、日常の走行では特に、交通ルールの遵守やヘルメットの着用といった安全対策が重要であると呼びかけました。


    🔶きっかけは「渋滞が嫌」でも、人生は思わぬ展開へ

    「まさか自分がレースに出るなんて思ってもいなかった」という斉場さん。

    だからこそ、「自分には向いていない」と決めつけず、興味がわいたことには一歩踏み出してみてほしいと語ります。


    「うまくいかなかったら途中でやめてもいい。でも、やってみると案外自分に合っていることってあるんです。僕は来年もまた壱岐に行って、2回目の挑戦をしたいと思っています。よかったら皆さんも一緒に行きませんか?」


    斉場さんの挑戦は、「変化を恐れずに踏み出す勇気」が新たな景色を見せてくれることを教えてくれます。次はあなたの番かもしれません。


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  • 映画から広がる心の旅――『国宝』『フロントライン』『囁きの河』をめぐって
    2025/06/06
    映画解説研究者の上妻祥浩さんを迎え、6月に公開される注目の日本映画3本をご紹介いただきました。いずれも異なるテーマを持ちながら、観る者に深い感動と気づきを与えてくれる力作です。🔶吉田修一原作の大作『国宝』――歌舞伎の美と闇に迫る壮大な人間ドラマ(6月6日公開)👉 公式サイトはこちら https://kokuhou-movie.com/まず紹介されたのは、6月6日公開の映画『国宝』です。直木賞作家・吉田修一の同名小説を原作とした大作で、吉沢亮と横浜流星という豪華なW主演が話題となっています。物語は、長崎のヤクザの親分の息子として生まれた少年が、偶然にして歌舞伎の才能を見出され、上方歌舞伎の大御所(渡辺謙)に引き取られ育てられるところから始まります。そこには、すでに渡辺の実の息子(横浜流星)もおり、2人は兄弟のように芸を磨き合い、互いに切磋琢磨していきます。厳しい芸の世界で生きる苦悩と誇り、そして「どちらが主役を張るのか」といった葛藤が描かれ、物語は歌舞伎の美しい舞台裏とともに、深い人間ドラマとして展開します。吉沢亮は「この作品は自分の代表作になった」と語っており、1年半に及ぶ徹底した役作りで歌舞伎役者としての所作や発声を習得。本作のクオリティの高さを物語っています。また、寺島しのぶ演じる渡辺謙の妻も見逃せません。歌舞伎の家に生まれた彼女ならではの迫真の演技で、複雑な家族関係を繊細に表現しています。🔶『フロントライン』――未知のウイルスと闘った医療現場の記録(6月13日公開)👉 公式サイトはこちら https://wwws.warnerbros.co.jp/frontline/続いては、6月13日公開の『フロントライン』。2020年初頭、新型コロナウイルスの集団感染が発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」を舞台に、医療関係者たちの奮闘を描いた実話ベースの作品です。未知のウイルスに直面した最前線の混乱と葛藤を、リアルな描写で映し出しており、当時の緊張感と命を守る責任の重さを改めて思い出させてくれます。出演は小栗旬、松坂桃李、池松壮亮、窪塚洋介など、いずれも実力派揃い。ヒーロー出身の俳優も2人おり、安心感と説得力を同時に感じさせてくれます。手探りの中で築かれた対応策が、後の日本の感染症対策に繋がっていく過程は、今だからこそ落ち着いて振り返ることのできる貴重な映像資料でもあります。🔶『囁きの河』――水害を越えて希望を描く熊本発の物語(6月27日 熊本ピカデリーで先行公開)👉 公式サイトはこちら https://sasayakinokawa-movie.com/最後に紹介されたのは、2020年に熊本県南部を襲った豪雨災害を背景にした映画『囁きの河』。6月27日に熊本ピカデリーで先行公開される本作は、実際の被災地・人吉球磨を舞台に、全編オールロケで撮影された「熊本の手作り映画」として注目を集めています。主演は人吉市出身の俳優・中原丈雄。水害で家族や大切なものを失った人々が、それでも希望を見出しながら明日へと歩んでいく姿を、静かに、そして力強く描いています。上妻さんは「自身の親戚も人吉におり、幼い頃から何度も被災してきた」と語り、この作品がいかに現実に根ざしたリアリティを持っているかを強調しました。また、俳優・中原丈雄の出演で作品に深みと落ち着きをもたらしています。現在も水害の爪痕に苦しむ方がいる中で、本作は「再生」や「共に生きる」ことの大切さを優しく伝えてくれます。熊本に暮らす方々にとっては、特に胸に響く作品となるでしょう。3本の作品に共通するのは、人間の弱さと強さを見つめ、そこから生まれる希望を丁寧に描いている点です。どれも一過性の話題ではなく、観た人の心に残る、深い余韻をもたらす作品ばかり。気になる一本があれば、ぜひ劇場で味わってみてはいかがでしょうか。(聞き手:江上浩子)
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  • 崩壊の危機にある“国選弁護制度”——報酬の低さと地方の人材不足が招く司法の空洞化
    2025/05/30
    「国選弁護制度は崩壊するのか」——。これは熊本県弁護士会会報の4月号に掲載された、板井俊介弁護士による寄稿記事のサブタイトルである。衝撃的ともいえるこの言葉は、いま国選弁護制度が直面している厳しい現実を鋭く突いている。本稿では、熊本県を例に挙げながら、国選弁護制度の現状とその背景にある構造的な課題について解説する。🔶 国選弁護士の「担い手」が足りない国選弁護士とは、経済的に私選弁護士を依頼できない被疑者・被告人に対し、国の費用で付けられる弁護人のことだ。憲法第37条にも明記されている「刑事被告人の防御権」を保障するために欠かせない制度である。しかし熊本県では、こうした国選弁護を引き受ける弁護士の登録者数が激減している。例えば、休日当番制を維持するためには、最低でも月に40人の弁護士が必要だが、2024年度の登録者はぎりぎりの40人。2025年度はさらに減ると見られている。日中にも国選案件が入るため、登録弁護士たちは常に複数の案件を同時に抱え、過密な業務に追われている。🔶 報酬の低さが直撃登録者の減少には、報酬の低さという大きな要因がある。たとえば熊本市から離れた八代や人吉、天草の警察署へ接見に行く場合、往復で4時間以上を要し、接見の待機時間を含めれば「半日~1日がかり」の業務になる。しかし、報酬は1回の接見につきおよそ2万円。しかも、被疑者段階での接見には上限があり、最大で8万円しか支払われない。起訴後の接見には一切の報酬が出ない。否認事件ともなれば、接見の回数や時間は増加する上、被害者との示談や賠償対応などで弁護士の業務負担はさらに重くなる。それでも報酬は据え置かれたままなのだ。さらに外国人被疑者の場合は、通訳の確保やスケジュール調整といった、通訳人との調整業務まで弁護士が一手に担うことも少なくない。🔶 弁護士数は増えているのに…不思議に思うかもしれない。熊本県の弁護士数は20年前の約100人から、現在では約300人へと3倍に増えている。それにもかかわらず、なぜ国選弁護の担い手は増えないのか?その理由は、事件数が増えていない一方で弁護士が増加したため、1人あたりの収入は事実上半減しているという経済的事情がある。弁護士の多くは個人事業主であり、生活のためにはより利益の見込める案件を優先せざるを得ない。国選事件のような低報酬・高負担の業務は敬遠されがちなのだ。国選弁護の報酬を支払っているのは、法テラス(日本司法支援センター)である。ところが、その職員には検察庁からの出向者も多く、弁護士側の実情が十分に理解されていないという指摘もある。また、法テラスが報酬単価を改定するには、法務省を通じて財務省から予算を確保する必要があるが、防衛費が倍増する一方で、司法予算にはなかなか資金が回らないのが現実である。🔶 地方と都市の“司法格差”国選弁護の担い手不足は、地方ほど深刻だ。東京、大阪、名古屋といった大都市圏や、札幌・仙台・広島・高松・福岡といった高裁所在地の都市では比較的制度が維持されているが、それ以外の地方都市では熊本と同様の危機に直面している。新人弁護士の就職先においても地域差が顕著である。2025年に誕生した新人弁護士1564人のうち、約67%が東京に就職。秋田や高知など、8つの地方弁護士会では就職者がゼロだった。熊本でもわずか8人にとどまる。これは“司法の一極集中”を意味しており、地方の弁護体制が今後さらに弱体化していく恐れがある。🔶 この制度が崩れれば、冤罪が増える国選弁護制度の存在意義を忘れてはならない。それは「すべての人に、適切な法的防御を受ける権利を保障する」という、司法の根幹に関わるものである。これは憲法第37条にも明記された国民の権利である。そしてこの制度が機能しなくなれば、もっとも深刻な影響を受けるのは経済的弱者であり、過去の冤罪事件の多くも、そのような立場に置かれた人々が巻き込まれてきた。適切な弁護活動がなされるためには、適正な報酬制度が欠かせない。これは単に「ボランティア精神」に頼っていい問題ではない。🔶 志ある弁護士...
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  • イスラエルはなぜ「苛烈な国家」になったのか ― ガザ攻撃の実態と“見えない”構造を読み解く ―
    2025/05/23
    🔶「ガザ全域制圧」発言に感じた強い違和感5月19日、イスラエルのネタニヤフ首相は、パレスチナ自治区・ガザに対する軍事作戦について「全域の制圧を目指す」とビデオ演説で宣言しました。これを受けて、元アナウンサーの宮脇利充さんは、こう語ります。「そもそもこの作戦の目的は、ハマスの壊滅と人質の奪還だったはず。なのに、今ではその目的から逸脱して“パレスチナ人の大量虐殺”としか言えない現状が続いています」🔶数字が語る、破壊と殺戮の深刻さ2023年10月7日、ガザ地区からハマスの戦闘員およそ3000人がイスラエルに侵入し、民間人ら約1200人を殺害、250人を人質にした――。すべてはそこから始まりました。しかし、それから1年8ヶ月。イスラエル軍による空爆や地上攻撃で、ガザの死者は5万3655人(2024年5月時点)。負傷者12万1950人、行方不明者1万4000人とも報道されています。これに加えて、医療や食料の欠乏による二次的な死者を含めると、20万人を超えている可能性もあるといわれています。🔶なぜ国際社会は沈黙するのか?宮脇さんが強く訴えるのは「国際社会の無関心」です。「欧米各国は、なぜここまで沈黙しているのか? なぜイスラエルに対して強く物申さないのか?」この問いに答えるヒントを求めて、宮脇さんは一人の歴史学者に注目しました。その名はイラン・パペ。イスラエル出身で、現在はイギリス・エクセター大学の教授を務めています。🔶“シオニズム”という国家思想の根イラン・パペ氏が語るのは、イスラエル建国に貫かれる「シオニズム」という思想です。それは一言で言えば、「パレスチナの土地に、ユダヤ人の国家をつくるために、先住民であるパレスチナ人を排除する」という、植民地主義的な思想でした。「これは“搾取”型の植民地ではなく、“排除”型の植民地主義。つまり、パレスチナ人をその土地から追い出して、空間ごとユダヤ国家に作り替えるということなんです」(パペ氏)🔶民族間の断絶と差別の構造パペ氏によれば、イスラエル建国当初、ユダヤ人を多数派にするために、中東・北アフリカ出身のアラブ系ユダヤ人がイスラエルに呼び寄せられました。ところが彼らは、欧州系ユダヤ人から「非近代的で野蛮だ」と差別され、社会的な承認を得るためにパレスチナ人に対して過激になる傾向があったといいます。🔶その構造が、暴力の連鎖を生み、社会の中で正当化されていった――。こうした歴史的背景が、今のイスラエル社会の主流思想「シオニズム」を支えているのだと分析しています。🔶教育と軍事が暴力を“正当化”するイスラエルでは、18歳から徴兵制が始まり、若者たちは軍隊で教育を受けます。「そのなかで“パレスチナ系住民に対しての暴力は正当だ”と刷り込まれていく。これが暴力容認の風土を生む要因になっている」と宮脇さん。加えて、メディアや政治の影響力を持つ保守系の支持基盤が、こうした暴力構造をさらに強化しているのだと語ります。🔶日本人の私たちにできること「この問題、私たちには関係ない」――そう思ってしまいがちですが、宮脇さんはこう語ります。「ロシアのウクライナ侵攻のとき、多くの日本企業や市民がロシア製品のボイコット運動に参加しましたよね。実は、イスラエルに対しても同じような動きがあります」その名も、BDS運動(Boycott, Divestment, and Sanctions)。イスラエルによるパレスチナ占領に反対し、不買・投資撤退・制裁を求める国際的な運動です。「BDS運動については、インターネットで調べればすぐに情報が出てきます。小さな行動かもしれませんが、それが大きな流れにつながるかもしれません」🔶子どもたちの未来に、関心と想像力を「イスラエルという国は、もともと“自分たちの安心できる居場所を求めて”建国された国です。なのに、今パレスチナの人たちに同じ“居場所を奪う”ということをしている。この矛盾に目を向けずに、歴史を語ることはできないんじゃないかと思います」遠い国の話に見えて、私たちが目を向けるべき“いま”がある。それを静かに、しかし強く伝えてくれる宮脇さんのお話でした。お...
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  • 子どもには「失敗する権利」がある ― 成長発達を支える大人のまなざし ―
    2025/05/16

    🔶「成長発達権」


    ――あまり聞きなれない言葉かもしれませんが、これは子どもが健やかに、そして段階的に人として育っていく権利のこと。児童福祉法や子どもの権利条約にも明記されており、すべての子どもが持つ“当たり前の権利”です。

    しかし近年、その「当たり前」が揺らいでいるのではないか――そんな懸念を語るのが、熊本市立出水南中学校校長の田中慎一朗さんです。


    🔶一発退場の風潮に思うこと

    「最近、“子どもが失敗したら終わり”という風潮が強まっている気がします」

    SNSやネットニュースの炎上。学校名の特定、電話攻撃――。

    たとえ子どもであっても、ミスや失敗があると“一発アウト”のように糾弾され、居場所を失ってしまう。


    「もちろん命に関わる重大事件は別です。しかし、そうなる前にもっと小さな“やらかし”があったはずなんです。その段階で何かできたのではないかと、胸が痛むことがあります」


    🔶報道のあり方、そして「許さない社会」

    ネットだけでなく、メディア報道のあり方にも疑問を感じると田中先生は続けます。

    「報道の目的が“問題提起”であるなら、そこには子どもたちの未来への視点が必要です。でも今は、事件を“エンタメ”のように取り上げているケースもあります」


    たとえば小学校でのトラブル報道で、現場に“こわもての人”が聞き込みに来る演出。

    「スタジオでは笑いが起きていましたが、子どもにとっては恐怖でしかない」

    報じること自体の是非に加え、どう伝えるか、どう見せるかも、今問われているのかもしれません。


    🔶小さなもめごとを、大人が奪っていないか?

    人間関係にすれ違いや衝突はつきもの。

    子ども同士だって、言い合いやケンカを経験しながら、関係性の築き方を学んでいくものです。


    「でも最近は、“もめごとを起こした子”が、即教室から排除されるケースもあります」


    確かに被害を受けた子を守るのは当然ですが、加害側の子の内面や背景にも向き合い、再出発を支える機会をつくることが、学校や社会の役割ではないでしょうか。

    「最初は本当に小さなすれ違いだったのに、大人が過剰に介入して、“人と関わるな”というメッセージに変わってしまう。それが積み重なって、やがて“誰でもよかった”という悲しい言葉につながることもあるんです」


    🔶許さない社会から、「許しを学べる社会」へ

    「失敗をしてしまった子どもに“やり直せる機会”をきちんと設ける。それが教育の原点です」

    指導は必要です。叱ることも、時には必要です。でもそれは“断罪”ではないはず。


    「きちんと向き合わせる、理解させる、そして受け止める。それが大人の責任であり、社会の責任だと思っています」


    🔶地域とともに、子どもを育てる喜びを

    そんな中、田中先生がうれしかった出来事を最後に語ってくれました。

    昨年の体育大会、近隣のショッピングセンター「ゆめタウン浜線」の駐車場を多くの保護者が無断使用し、迷惑をかけてしまったことがありました。

    今年もクレームを覚悟していたところ、施設側からはこう言われたそうです。

    「ここの場所を使ってもらって大丈夫ですよ。子どもたちのためですから」

    「この言葉に本当に救われた気がしました。地域とともに子どもを育てるという当たり前のことを、もう一度思い出させてもらった出来事でした」


    🔶子どもたちは、失敗しながら成長する

    「子どもは失敗するものです。それを“人として当然のこと”として、大人がどう支えるかが問われています」

    社会全体で、子どもたちの“育つ権利”を守る。

    「3ストライクまで待つ社会でありたいですね」と、田中先生は静かに語ってくださいました。


    お話:田中慎一朗さん(熊本市立出水南中学校 校長)/聞き手:江上浩子

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