• 第36回は、東大名誉教授の樋口範雄さんに聞く(下)変化する社会と法制度のギャップ
    2025/07/26
     今回のゲストは、武蔵野大学法学部特任教授、東京大学名誉教授の樋口範雄(ひぐち・のりお)さん.。 2006年の富山県射水市民病院事件をきっかけに、終末期医療における人工呼吸器停止が全国的な問題となった。 同病院で数年間に7人の患者の人工呼吸器が外されたことが発覚し、医師が捜査対象となった。日本では終末期医療中止で医師が裁判になったのは2件のみで、最高裁は適法な要件を満たせば治療中止は可能と判断。厚生労働大臣が医師一人の判断を避けるためのガイドライン策定の必要性を表明。樋口さんも検討会に関与し、誰もが常識的に納得できるルール作りに参加した。 終末期医療のガイドラインは次の三本柱で構成される。① 医師一人では決めず、チームで終末期医療の判断を行うことを原則とした②本人の意思を最も重要視し、本人の意思が不明な場合は家族等の意思で推定することを認めた③最期まで苦しまないよう緩和ケアを充実させることを国の責務として明記。 2018年に内容を充実させ、終末期に至るまでの時期についてもガイドラインを拡張。アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の概念を導入し、事前の医療・介護計画の重要性を強調した。 ACPは医療・介護分野に限定されているが、人生にはより幅広い準備が必要であることを指摘。 東京大学高齢社会総合研究機構が中心となり、ALPアドバイザー制度の検討を開始。単身高齢者の増加に対応し、人生全般にわたる相談ができる仕組みの構築を目指している。 本人の意思を尊重する原則はあるものの、日本では家族の意見も無視できない文化的背景がある。 法律上は「家族等」となっているが、実際の運用では血縁関係のある家族が重視される傾向がある。  樋口さんの入院経験では、まずキーパーソンを指定することが求められた。 キーパーソンは実質的に医療代理人の役割を果たすが、家族でなくても問題ないはずである。成年後見人は医療代理人にはなれないという制度上の矛盾が存在。親友や同性パートナー、内縁関係者など、家族以外でも本人をよく知る人がいる。彼らにも本人の意思を聞くことは構わないと樋口さんは考える。 アメリカでは医療代理人制度があり、家族でなくても代理人になることが可能、  樋口さんは銀行口座整理の際に、本人でなければ手続きできない不便さを感じた。 高齢者にとって身体的負担が大きい各種手続きで本人の出頭が求められる現状は改善し、代理人を認めてほしいという。 民法には代理制度の規定があるが、実際には誰も信用しない状況。それならば、イギリスやアメリカにある持続的代理権法(元気な時も判断能力を失った時も継続して機能する代理制度)のような、簡単に代理人を選べる制度が必要と樋口さんは言う。 ケアマネジャーが本来業務以外のアンペイドワーク、シャドウワークを多数依頼される現状への対策についても聞いた。アンペイドワーク、シャドウワークとは、 マイナンバーカード手続き、公共料金振込、買い物、救急車同乗などで、特に単身高齢者から、多岐にわたる依頼がケアマネジャーにある。単身高齢者にとってケアマネジャーが唯一の頼りとなっている存在だからだ。ケアマネの業務拡大で対応するか代理制度への橋渡しかで議論が分かれている。樋口さんは、 記録の透明化と適切な有償化により、必要なサービスを提供できる仕組みづくりが重要と説く。  民間で行われている身元保証サービス(高齢者等終身サポートとも言う)についても聞いた。 入院や施設入所時の身元保証要求は本来必要ないが、慣行として続いている。身元保証法は入院・施設入所のために作られた法律ではないにも関わらず流用されている。高齢者等終身サポート事業者による高額なサービス(入会金100万円超のところが多い)が存在する。法律も所管官庁もない状態でガイドラインのみの規制となっている。家族がいれば無償でできる作業に高額な費用がかかる現状だが、どうすればいいのか。 樋口さんは、保険を活用した新しい仕組みができないかと提案する。事故が起きた時に担当者のサポートが得られる...
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    53 分
  • 第35回は、東大名誉教授の樋口範雄さんに聞く(上)成年後見制度の限界と新たな高齢者支援の可能性
    2025/07/26

     今回のゲストは、武蔵野大学法学部特任教授、東京大学名誉教授の樋口範雄(ひぐち・のりお)さん.。

     日本は世界でも類を見ない超高齢社会を迎えている。高齢化率が3割を超え、認知症患者数は2025年には700万人に達すると予測される中、現行の法制度が高齢者の実情に適合していない現実が浮き彫りになっている。東京大学名誉教授の樋口範雄さんは、高齢者の問題は本質的に法律問題でもあるにも関わらず、法も法律家もそれに対処できていないと指摘する。

     人生100年時代において、従来の「人生50年」という前提で設計された制度では対応しきれない課題が山積している。デジタル化、グローバル化が進む中で、高齢者は予想できない事態に直面することが増えており、不安と心配で暮らすのではなく、新しい事態に前向きに対処していく仕組みが求められている。

     樋口さんが武蔵野大学で企画した「古希式」は、こうした課題への一つの回答として注目される。70歳を迎えた高齢者と若い学生が一緒になって高齢者の問題を学び、話し合う場として設計されたこのイベントは、高齢者になる準備段階での学習機会の重要性を示している。樋口恵子さんが提唱する「第2の義務教育」の概念は、余生を悠々自適に過ごすという従来の発想から脱却し、リスキリングを含めた積極的な学び直しの必要性を訴えている。

     2000年に介護保険制度と同時に導入された成年後見制度は、25年が経過した現在でも深刻な課題を抱えている。制度の利用者は約25万人にとどまる一方で、認知症患者やMCI(軽度認知障害)の人を含めると、潜在的な対象者は1000万人に上るとの推計もある。この圧倒的な乖離は、制度設計そのものに根本的な問題があることを示している。

     政府は「利用促進」を掲げているが、仮に500万人が制度を必要としているとすれば、残り475万人に後見人をつけるという現実的でない目標を追いかけていることになる。これまで25年かけて25万人の利用者を獲得したペースを考えると、必要な人すべてに後見人をつけることは物理的に不可能に近い。

     さらに深刻なのは、世界的に成年後見制度への評価が厳しくなっていることである。多くの国で制度の廃止や根本的な見直しが議論される中、日本だけが利用促進という方向性を変えられずにいる。国連の障害者権利条約は、認知症の人を含む障害者の自己決定支援を重視し、後見人が代行して判断決定をする制度の廃止を勧告している。2022年の日本に対する審査報告でも、このような制度の廃止が明確に求められているにも関わらず、日本の対応は小手先の改善にとどまっている。

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    49 分
  • 第34回は、経営コンサルタント/投資家の岩崎日出俊さんに聞く(下)「日々の暮らしの中に投資のチャンスはある」
    2025/04/27
     今回のゲストも、経営コンサルタントで投資家の岩崎日出俊(いわさき・ひでとし)さん。 冒頭、町が「従来のモデル世帯(男性サラリーマン、専業主婦、子供2人)という想定が必ずしも今の社会には通用しなくなっており、家族単位ではなく個人単位で将来に備える時代になっているのではないか」と問題提起。 岩崎さんは「1人ひとりが考えていかなければならない問題」としつつ、その際には「世界の未来がどうなるか」に考えを巡らす必要があると重ねて強調する。  岩崎さんは投資の世界を詳しく説明。「ひとたび投資の世界に入ると、自分がどれだけ勉強したか、自分が世の中をどうやって見ようとしているかによって、結果が出る世界」と言う。 岩崎さんは、テスタさんという、今ネットの世界で話題になっている個人投資家を例示。「企業とかで働いてはいなくて、フリーで生計を立てていた方ですが、何とか投資の元になる300万円を貯めて、それをだんだん大きくして、あっという間に100億円以上の資産を持つまでに至った。そういう方が今、若い人には結構おられる」と話す。 「個人の方が、間違った金融知識で株式投資をすると損してしまう可能性が大きいですが、きちんと勉強すればそれなりの結果が出ます。投資の世界ってジャングルみたいなところなので武器がないとやられちゃうんですけれども、きちんとしたノウハウを勉強して身につければ、それなりにリターンが生まれる可能性が高い」と説明する。 アメリカでは、大学院で株式投資論を教えている。株式投資は学問になっている。アメリカは資本主義・市場主義の国。株価が適切に決まることで良い企業に投資が集まり、国全体が豊かになるという考え方がある。日本の従来の産業政策(政府主導で特定企業を支援)の延長ではアップルは生まれないと岩崎さんは指摘する。 投資の世界では、世の中や企業が将来どうなるのかをしっかり見据えて投資すれば、成功する可能性が高いと説明、岩崎さんが、日本でまだ半導体メーカーのエヌビディアが注目されていなかった時に同社の株を買った理由を明らかにした。   「将来を見る目を養う、感性を磨くのはそんなに難しいことではない」と岩崎さんは言い、ユニクロを例に挙げる。「ユニクロのフリースが流行った時、ユニクロは多くの人にそれほど知られているわけではなかった。でも、原宿の店で売り切れになった時にユニクロの株を買っていれば100倍どころじゃない」。 将来性を見極める目を養うことが重要で、世の中の変化(例:iPhoneの普及、Amazonの成長)に気づき、少額からでも投資することで大きなリターンを得るチャンスがある。自分の得意分野や関心のある領域(医療など)に投資することで、より良い判断ができる。 話が前向きになってきた時に、相川が水をさす。 株式売買のプロの人は並外れた情報収集力がある。素人が「詳しい分野で」と考えて個別株を買う場合、その「詳しい」というのはどのくらいのレベルを指すのか。今、「ChatGPTをやっているからAI株を買おう」といったレベルでは、駄目だと思う、と。  これに対し、岩崎さんは、「2〜3万円で買ってとりあえず様子を見るということであれば、そんなに勉強する必要はない」と言う。そして「経営者を見ることは投資判断において重要であり、現代ではネットを通じて経営者の情報を簡単に入手できる」とアドバイスする。  日本企業は株主のお金を託されているという意識が乏しく、ROE(株主資本利益率)が米国企業に比べて低いため、日本の株式指数のパフォーマンスは米国に比べて劣っている。しかし。若い個人投資家は既にこの状況を理解しており、新NISAではオールカントリー(全世界株)やS&P500などの海外指数に投資する傾向がある。 「退職金などまとまった資金を投資する場合は、住宅ローンの返済を優先し、残った資金は一度に投入せず時間分散して投資することでリスクを軽減すべき」と岩崎さんは語った。  岩崎さんは投資とトレーディングを区別し、FXや暗号資産はトレーディング(ゼロサム)であり、株式投資は長期的...
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    58 分
  • 第33回は、経営コンサルタント/投資家の岩崎日出俊さんに聞く(上)「10年、20年後の世界が信じられるならば株式投資を」
    2025/04/27

     今回のゲストは、経営コンサルタントで投資家の岩崎日出俊(いわさき・ひでとし)さん。

     岩崎さんは、1977年日本興業銀行(当時)に入行後、スタンフォード大学に留学し、経営学修士(MBA)を取得。1998年以降、JPモルガンやメリルリンチ、リーマン・ブラザーズの投資銀行部門でマネージング・ダイレクターを歴任。2003年に経営コンサルティング会社「インフィニティ株式会社」を起業。代表取締役を務めている。

     日本の高齢者世帯(65歳以上)の平均年収は304万円で、アメリカの同世帯の平均年収1200万円と比べて4倍の差がある。アメリカでは「401k」などの年金制度が充実しており、多くのアメリカ人が老後に向けて積極的に資産形成している。日本のiDeCoと似ているが、アメリカの方が積立枠が大きい。

     岩崎さんは「貯蓄から運用へ」という政府のキャッチフレーズに必ずしも賛同しておらず、「投資に関心のない人が株に手を出すとリスクがある」と指摘。投資にはリスクがあるため、リスクを取りたくない人は貯金や確定拠出年金の定期預金などで安全に運用する選択肢もあると助言する。

     岩崎さんは以前「資産運用のうまい話は無視して、まとまったお金は1000万円ずつ分けて銀行に預金する。増やすより減らさないことが大事」と慎重な立場を示していた。日本は過去30年間デフレに近い状態だったため、預金をしているだけでも生活に困る心配はなかったが、現在はインフレ傾向にあり、現金や預金の価値が毎年減少する可能性がある。円安の進行(1ドル110円から150円へ)により輸入品価格が上昇し、生活が苦しくなっている。「こうした経済環境の変化に応じて個人の生活スタイルやお金に対する考え方を調整する必要がある」と岩崎さんは言う。

     日本人は社会保障を当たり前と考える傾向があるが、持続可能なサービスを受けるためには意識改革が必要。 そんな中で、新NISAが昨年1月スタート。特に若い世代の間で投資への関心が高まっている。

     「オルカン」(オールカントリー)は世界の株価指数に合わせた人気のインデックス投資で、新NISAでは多くの人がオルカンかS&P500を選んでいる。2024年は調子が良く、若い投資家は利益を得ていたが、2025年になってからは1月株価下落と円高の影響で損失が出始めている。この状況を受けて、新NISAでの投資をやめる若者も出てきている。

     岩崎さんは、「株式投資の判断は個人の将来観に基づくべき」と強調。世界経済が良くなると信じる人はインデックスファンド投資が適切だが、「悲観的な見方をする人は株式投資を避けるべき」と言う。

     株価が下がった時に売ることは避けるべきで、むしろ安い時に買うという基本原則を守ることが重要。  株式投資の基本原則として「長期、分散、積み立て、低コスト」が初心者に適しており、特に全世界株式(オルカン)やS&P500に連動したインデックスファンドが推奨される。  インフレ対策として株式投資が有効だが、株式に抵抗がある場合は3ヵ月や6ヵ月の短期定期預金を活用して金利変動に対応する方法もある。

     投資判断は他人の意見に頼らず、自分自身で経済状況を学び、責任を持って行うべきである。

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  • 第32回 は、司法書士の福村雄一さんに聞く(下)おひとりさまでも安心。死後事務委任契約と遺言との賢い付き合い方
    2025/03/11
     今回のゲストは、「お金の人生会議」を実践する司法書士、福村雄一さん(ふくむら・ゆういち)さん。   後半は、より良い晩年や死後の希望を実現するためにどんな準備すればいいのかということを福村さんに聞く。 死後事務委任契約とは? 福村「文字通り、死後事務委任ということで、亡くなった後の事務手続きを委任しますという契約です。具体的には、例えば、葬儀とか納骨とかをお願いする。あるいは行政にいろいろなものを届け出たりしてもらう。それから、ライフラインに関わる契約を終了したりとか。亡くなった後にも、その人にまつわるいろんな関係の業務があるわけなんですが、そちらの手続きを依頼する契約を死後事務委任契約といいます」。 死後事務を受けるのは、司法書士が多い? 福村「最近、時代の要請というか、死後事務委任契約が増えてきています。大前提としてご家族がいらっしゃれば、こういった手続きはご家族がご家族の立場でされるので、特に契約云々という問題にはならないのですが、ご家族がいらっしゃらないとか、疎遠になっているといった場合、ご本人はお亡くなりになっているので、誰かが権限を持ってやらないといけません。もちろん、身寄りのない方で、行政が関わっておられるような方であれば、行政が関わって進んでいくと思うんですけれども、全ての方がそういうわけではなくて、むしろ行政の関わりのある方の方が少なかったりします。そうすると誰が担っていくのかという問題が出てくる。そうすると、お金回りの仕組みとか契約をなりわいとしている法律職の中で、司法書士が多く手掛け始めることになる」 最近広がっている「高齢者等終身サポート事業」でも死後事務を受けているが、問題も多い。 福村「そうですね。おっしゃる通り、死後事務を誰が担っていくかというのは喫緊の課題だと思います。我々も仕事を受けますけれども、やはり個人として受けるのではなくて、法人組織として受けていく必要があるだろうと思います。組織は続いていて、その中で動く人間は変わっていくという方向にしないと、何十年も先の話だったりするので、ボランティアではなかなか対応できないと思います。仕組み作りが重要です。運営のためのお金をどなたから、どのくらい頂戴して進めていくかとか、運営メンバーをどう代替わりしていくかとか、長くどう続けていくかというのが、今問われています。死後事務委任などを引き受ける事業者は、いろいろ立ち上がっていますが、その信頼性をどう担保していくかというのが重要です。でもこの課題はまだ解決されていない状況だと思います」。 「ニーズは非常に高まってくると思います。低くなることはないでしょう。ですので、今後もそういうサポート事業者は増えていくと思われます。その中でトラブルも予想されます。終身サポートを受けようとする人の財産が使い込まれてしまうようなケースです。事業者側がしっかり対応せず、消費者被害も出てくるでしょうし、事業が軌道に乗らず倒産してしまうところも出てくるのかなとは思います。ですので、継続して事業を行えるかどうかの認定を自治体などで行おうという動きも出てきています。監督官庁は今はなく、どう事業者をチェックしていくかということが課題になるのだろうと思う」 高齢者等終身サポート事業は主におひとりさまが対象なので、おひとりさま対策として見られているが、おひとりさまに限らず、子供がいる家庭でも、必要になると思われる。介護に限らず、家族以外に任せるという選択肢も作っておかないと、子供の生活が成り立たなくなるような時代になるんじゃないか。 福村「そうですね。サポートをする側、支える側が一番支えを必要とするという言葉もあるくらいですから。誰かの支えになろうとする人が一番支えを必要としていますので、支える人の背中をそっと支えてあげるっていうことがないと、支える側の生活が狂ってしまう。サポートが非常に重たいものになってしまうので、制度を活用しながらうまくバランスをとってサポートすることが大事...
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    41 分
  • 第31回は、司法書士の福村雄一さんに聞く(上)成年後見、家族信託などで認知症の親を持つ家族を支援
    2025/03/11
    今回のゲストは、「お金の人生会議」を実践する司法書士、福村雄一さん(ふくむら・ゆういち)さん。  福村さんは、2023年司法書士法人福村事務所を設立。2022年に日経BPから共著で「ACPと切っても切れないお金の話」、2024年4月にGakkenから「相続・遺言・介護の悩み解決 終活大全」を出版した。司法書士として、遺言作成支援、死後事務委任契約、任意後見契約、家族信託などに取り組むだけでなく、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)にも詳しく、医療介護職との連携も進めている。  ACPは、人生の最終段階に医療、ケアをどういうふうにするのかというのを家族や医療従事者と話し合うということ。もともと医療従事者が使っていた言葉だが、最近では『人生会議』というネーミングで一般の人にも広く知られるようになっている。法律手続きを手掛ける司法書士の福村さんが、そのACPに関心を持っているのはなぜか。  福村さんは言う。「誰しもエンディングに向かっていくわけなんですが、その中で何を大切にしていて、どうしていきたいかというところは、医療やケアの選択に密接に関わってくる」。この、何を大切にしていて、どうしていきたいかというところが、司法書士が手掛けるALP(アドバンス・ライフ・プランニング)で、ACPとは切ってもきれない関係にあると福村氏は指摘する。  福村氏は「繰り返し、繰り返し、若いころからーー40代とか、60代とか、退職手前といった段階から、第2の人生、今後の人生をどのように積み重ねていきたいかということを自分自身で考え、そして、自分が大切にしている方々と共有する必要がある」と主張する。  繰り返し、繰り返しということに関しては高齢者が認知症になり、判断能力が衰えても、後の判断が優先されるのか。  これについて福村さんは「尊厳死宣言の証書が仮に残っていたとしても最終段階においてご本人が意思を発せられ、それが明確に届くものであればそちらが優先されると考えます」とし、遺言についても「認知症という診断が下りていたとしても、新たに遺言書を作成することは可能です。判断能力が低下して、成年後見制度を利用中の方は、一定の条件をクリアしていれば、遺言を残せると民法で定めています。医師の立ち会いが必要といった条件はあるのですが。法律上も予定されていることなので、認知症になった後も有効な遺言書が作れ、そちらの方が日付が後であれば日付が後の方が優先されますので、結論としては認知症になった後の遺言に従って誰に何を、どれだけ残すかと言った意思を手続きに乗せていくことは可能だと思います」と答えた。 『成年後見』については、成年後見、介護保険と共に制度がスタートして20年以上経っているのに、一般の人たちにあまりなじみがない。それはなぜなのか。    成年後見制度が広がらない理由について福村さんは理由は2つあると言う。1つが費用負担の問題。「お持ちの資産によって、大体いくらになるという幅があり、それを家庭裁判が決定するという形になります。後払いなのですが、だいたい月額にすると、2万円とか3万円になります」。  もう1つが管理の期間、つまり報告をしなければならない期間が長い。「家族の立場として そんなに毎月毎月、動きがあるわけではないのに、どこまで報告するんだっていう気持ちの負担が大きいのかなと思ったりします」。  親の財産などを管理する手法としては家族信託もある。 福村「例えば、親の所有する建物が親の名義のままで、親が高齢になって判断能力が衰えてくると、いざ売りたいと思ってもそれが難しくなったりします。そんな時は後見制度を利用するという解決策もありますが、家族信託も解決策になります。親が子供と家族信託という信託契約を結ぶと、建物の名義が子供になります。これは贈与とか売買ではなく、『子供に託しました』という形で契約をし、持ち主を変えます。不動産登記で子供が持ち主になりますので、子供の判断で、適切な時期に必要となった時に建物を売却したり、他の人に貸したりできるようになります」。
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  • 第30回は、澁谷智子成蹊大学教授にヤングケアラー支援の法制化について聞く
    2024/05/20
     今回のゲストは、ヤングケアラー研究の第一人者である成蹊大学文学部現代社会学科教授の澁谷智子(しぶや・ともこ)さん。  政府はヤングケアラーを「家族の介護その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者」と定義。09年に成立した「子ども・若者育成支援推進法」を改正して、国や自治体が支援に努める対象にヤングケアラーを追加する考えだ。改正案は今国会に提出された。ヤングケアラー支援が法制化されるとどうなるのか。  澁谷さんは「最終的には人の問題」と話す。  「話をちゃんと聞いて、何が必要となってくるかということをほぐして、子どもたちが選択肢を持ち、頑張れる環境というものを確保できるように、(仕組みを)どう作っていくか。法制化はそうした後押しになると思う」。  澁谷さんは「学校という場を効果的に使っていくことが必要」と強調する。  「なんでもかんでも先生がやるというのは、先生の働き方改革が進む中で難しくなる。でも、学校というのは、子どもたちのことを中心にして考えられた場で、子どもにとっては“行くのが不自然にはならないところ”。子どもたちにとって、この先、生きていくときに役に立つ情報というものが教えられたり、先生たちが新しい制度について知ったりケアを実際に経験したことのある人の話を聞いたりして『子どもがこういう状況になった時にどういうサポートができるだろうか』ということを具体的に思い描くこともできる。授業の一環として、みんなで考えて調べてみることもできる。子どもを通して、アップデートされた情報が親に届く可能性もある。学校という場を上手に使っていくというのはすごく大事だと思う」と語る。   ヤングケアラーは「18歳未満」と定義されることが多かったが、今回の法案では、18歳以上の「若者」も支援対象に加えられた。  「こども家庭庁のヤングケアラーの定義などでは、18歳未満という年齢を明記しないようになってきた。ヤングケアラーの子どもたちが18歳を過ぎるとケアが終わるかと言うとそういうことはなく、18歳以降もケアは続く。また、大学生に対する調査結果なども加味すると、大人への移行期にもある程度サポートが必要ではないかという話になって、18歳未満と言わなくなった」と澁谷さん。  「一方で、ヤングケアラーのライフステージや関心事は、中高生のときと18歳を過ぎてからはちょっと違ってくる。18歳を過ぎると、親の家を出るとか、進学あるいは就職をどう考えていけばいいのか、というときの情報収集や相談や決断の後押しが必要になる。ケアを抱えながらも高等教育機関でやっていけそう、働くことと両立できそう、という見通しを持つことがとても大事。そうした相談が学校の中で完結していた中高生時代とは違う。イギリスなどでは18歳から25歳くらいまでを『ヤングアダルトケアラー』と呼んでいる」。  澁谷さんは2024年に出版された『コーダ 私たちの多様な語り』(生活書院)についても言及。「聞こえない親を持つ聞こえる子どものことを指す「コーダ」という言葉が広まる一方で、コーダのイメージが固定化してきていると感じたので、コーダには多様な生き方があり、ヤングケアラーではないコーダもいる、そうしたことを理解してもらうために本を書いた」と語った。
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  • 第29回は、澁谷智子成蹊大学教授に、なぜヤングケアラーに注目が集まっているかを聞く
    2024/05/20
     今回のゲストは、ヤングケアラー研究の第一人者である成蹊大学文学部現代社会学科教授の澁谷智子(しぶや・ともこ)さん。  澁谷さんが「ヤングケアラー」という言葉に出会ったのは2005年の学会。自身が子育てと仕事の両立で悩んでいた時に、学校と母親のケアをどうにか両立させたいとしている10代の子どもの手記を読んで、「胸を打たれた」と澁谷さん。     「私は大人なので保育園の情報とかを自分で探すこともできたが、ヤングケアラーは情報をどこで得ればいいかもわからない。周りの子とちょっと違う状況になっているんだけれども、誰に相談すればいいかもわからない。まず彼らのことがしっかり伝わるように書いてみたいと思った」と振り返る。  「ヤングケアラーが今、これだけ注目されているのはなぜ?」という問いに対し、澁谷さんはデータなども示して解説してくれた。  「子どもの頃、『おしん』というドラマを見たが、おしんの時代は子どもが働いたり子守りをしたり、もっと言うと児童労働していることも普通にあった。でも、その後、日本が高度経済成長で豊かになっていくと、家族の中での分業が進むーー」。  「お父さんがメインで働いて、お母さんが家のこと、子どものこと、あるいは地域のことを受け持つ。子どもは自分のために時間を使えて、勉強とかいろいろな体験を広げることが望ましい、という考え方が広がる。そうした形が「標準的」な家族の姿として共有されていく」。  「そこでは子どもが介護を担ったり、子どもがきょうだいの世話をしたりするのが、以前のように共有されなくなった。子どもが介護やきょうだいの世話をすることが驚かれる時代になって、話をしても『それは大変だね』と言われるだけで、話す機会、聞いてもらう機会がなくなっていった」。  そして4枚のスライドで、澁谷さんは、子どもが家の中の仕事を受け持たざるを得なくなった状況を詳しく説明した。  澁谷さんは昨年、こども家庭庁が行ったヤングケアラー支援の効果的取り組みに関する調査事業に携わった。  「ヤングケアラーとその家族が利用してよかったサービスについて聞いたところ、“話を聞いてもらったことが精神的な面で大きかった”という答えが中高生に多かった」と澁谷さん。  「小学生くらいの子どもだと、お母さんがどうしたら楽になるかということを考えているので、“家事”といった答えが多かったが、中高生くらいになると、“母親の話を聞いてくれる”あるいは“子どもである自分の話を聞いてもらうことによって、親が『子どもが相談できている相手がいる』と思うことで安心する”、“自分自身の進学や進路を、こんなふうに考えたらどうかとか、学校に行くのは無理と思っていたがこういう方法がある、といった相談ができた”という答えが多かった」と言う。  一方で、支援に繋がったことによって、ありがたいと思う半面、「ヤングケアラー」という言葉を聞くのはすごくつらいという親の声もあったという。  澁谷さんは「子どもにケアをしてもらっているところはあるかもしれないけれど、親として子どもの話を聞いたり、子どもが望むことをしてあげたいという気持ちを持っていたりする部分もある。それが完全に『ケアを受ける側』とされてしまうのは、納得がいかないところがあるかもしれないと思う」と語る。  「子どもが親を思って、親が子どもを思ってきた家族のこれまできたあり方を、大事にしたいと思っているヤングケアラーやその親の関係が、大事にされるようなサポートのあり方があるといいなと思う」。  ヤングケアラーが取り上げられると、マスメディアではすぐに「支援をどうする」という話になることが多いが、澁谷さんは「支援と言われると『いや、大丈夫ですから』みたいな答えになってしまう。『もう少し時間あったらどうしたいの?』といったふうに、何気なく聞いてくれたときに初めて、子どもたちは『自分は何したいんだろう』みたいなことを考えるきっかけができたりする。日常的なやり取りの中で自分をほぐしていくとか整理...
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