• 「親孝行」と「人助け」

  • 2025/02/21
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「親孝行」と「人助け」

  • サマリー

  • 「親孝行」と「人助け」                     兵庫県在住  旭 和世 「旭さん、お腹の赤ちゃんに異常がみられます。すぐに大きな病院へ行ってください」 「え?…」信じ難い言葉が聞こえてきました。4人目の子どもが授かり、7カ月検診の時でした。 翌日、県立こども病院の診断で「お子さんにはかなり重度の障害がみられ、『18トリソミー』という病気だと思われます」と知らされました。 「18トリソミー?」 聞いたことのない病名に唖然とする私たち夫婦に、病院の先生は続けて、「産まれてこられるかどうかも分かりません。産まれてくることが出来ても、一歳まで生存できる可能性は一割です」と仰いました。説明を聞けば聞くほど、だんだん目の前の景色が色を失っていくように感じました。  帰ってから調べてみると、染色体に異常がある病気で、流産、死産となる可能性が高く、生まれてきても生命予後は厳しいと書かれていました。そんな言葉の数々に胸が張り裂けそうで、一気に不安が押し寄せてきました。  それまでは元気な子を3人授かっていたので、何の疑いもなく元気な子が産まれてくるだろうと思っていました。まさに青天の霹靂でした。私は「何か自分の通り方が悪かったんだろうな。何がいけなかったんだろう…」と、自分を責めるようなことばかり考えていました。  そんな中、主人がおぢばから帰ってきた日に、「今日、神殿のかんろだいの前でふと、自分たちに必要な親孝行と人助けの心を神様が促してくださっているような気がして、赤ちゃんの名前が浮かんできた」と言い、お腹の子の名前を「親孝行」の〝孝〟と、「人助け」の〝助け〟という文字をとって、孝助(こうすけ)と名付けてくれました。そして、何とか産まれてきてほしいと夫婦で願い続けました。 をびや許しを頂き、親神様のご守護のもと、孝助は小さな小さな体で産まれてきてくれました。しかし、重度の障害があるため、すぐにNICU・新生児集中治療室に運ばれ、保育器の中での治療が始まりました。  自発呼吸ができず、口から呼吸器を挿管していたので、哺乳をすることもできず、搾乳機で絞った母乳を管から胃に送り込んでいました。これまでとは全く違う育児に、母親であっても何もしてあげられない無力さを感じました。  まさか自分が重度の心身障害児の母親になるなど想像もしていなかったので、不安やとまどいの中、必死で毎日を過ごしていました。そんなある日、私は数カ月前の出来事を思い出しました。  その日はおぢばがえりの日でした。神殿までの砂利道を歩いていると、尊敬するS奥さんに偶然出会いました。 「奥さん、お久しぶりです!お元気ですか?」 「あら、和世ちゃんに会えるなんて! ちょうどよかった。はい、これよかったら聞いてみて!」奥さんは一枚のCDを手渡してくださいました。 急なプレゼントに戸惑いながらもお礼を言い、教会に戻りすぐに聞いてみました。すると、ある養護学校の先生のお話が流れてきました。障害を持つ子どもさんのことを新たな視点で伝えてくれる内容で、今まで聞いたことのない素晴らしいお話でした。 この時もらったCDは、きっと神様からのプレゼントだったのでしょう。「今からあなたに障害を持つ子を授けるから、大事に育ててほしい」と言われたような気がして、この出来事は決して偶然ではなく、必然だったのだと思いました。 神様のお言葉に、   にんけんハみな/\神のかしものや   なんとをもふてつこているやら   (三号41)   (人間は皆々神の貸しものや、何と思うて使ているやら) とあります。 自分の体が神様からお借りしているものなら、我が子も神様からお借りする命。そんなかけがえのない命を、障害があるという理由でネガティブに捉えていた自分が恥ずかしくなりました。 今ここに置いて頂いている我が子の命を、親である自分自身が喜び、今日一日を過ごせたことを神様に感謝申し上げることで、この子の人生は幸せで有意義なものになると思いました。 そして、親孝行と人助けからとった「孝助」という名前...
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あらすじ・解説

「親孝行」と「人助け」                     兵庫県在住  旭 和世 「旭さん、お腹の赤ちゃんに異常がみられます。すぐに大きな病院へ行ってください」 「え?…」信じ難い言葉が聞こえてきました。4人目の子どもが授かり、7カ月検診の時でした。 翌日、県立こども病院の診断で「お子さんにはかなり重度の障害がみられ、『18トリソミー』という病気だと思われます」と知らされました。 「18トリソミー?」 聞いたことのない病名に唖然とする私たち夫婦に、病院の先生は続けて、「産まれてこられるかどうかも分かりません。産まれてくることが出来ても、一歳まで生存できる可能性は一割です」と仰いました。説明を聞けば聞くほど、だんだん目の前の景色が色を失っていくように感じました。  帰ってから調べてみると、染色体に異常がある病気で、流産、死産となる可能性が高く、生まれてきても生命予後は厳しいと書かれていました。そんな言葉の数々に胸が張り裂けそうで、一気に不安が押し寄せてきました。  それまでは元気な子を3人授かっていたので、何の疑いもなく元気な子が産まれてくるだろうと思っていました。まさに青天の霹靂でした。私は「何か自分の通り方が悪かったんだろうな。何がいけなかったんだろう…」と、自分を責めるようなことばかり考えていました。  そんな中、主人がおぢばから帰ってきた日に、「今日、神殿のかんろだいの前でふと、自分たちに必要な親孝行と人助けの心を神様が促してくださっているような気がして、赤ちゃんの名前が浮かんできた」と言い、お腹の子の名前を「親孝行」の〝孝〟と、「人助け」の〝助け〟という文字をとって、孝助(こうすけ)と名付けてくれました。そして、何とか産まれてきてほしいと夫婦で願い続けました。 をびや許しを頂き、親神様のご守護のもと、孝助は小さな小さな体で産まれてきてくれました。しかし、重度の障害があるため、すぐにNICU・新生児集中治療室に運ばれ、保育器の中での治療が始まりました。  自発呼吸ができず、口から呼吸器を挿管していたので、哺乳をすることもできず、搾乳機で絞った母乳を管から胃に送り込んでいました。これまでとは全く違う育児に、母親であっても何もしてあげられない無力さを感じました。  まさか自分が重度の心身障害児の母親になるなど想像もしていなかったので、不安やとまどいの中、必死で毎日を過ごしていました。そんなある日、私は数カ月前の出来事を思い出しました。  その日はおぢばがえりの日でした。神殿までの砂利道を歩いていると、尊敬するS奥さんに偶然出会いました。 「奥さん、お久しぶりです!お元気ですか?」 「あら、和世ちゃんに会えるなんて! ちょうどよかった。はい、これよかったら聞いてみて!」奥さんは一枚のCDを手渡してくださいました。 急なプレゼントに戸惑いながらもお礼を言い、教会に戻りすぐに聞いてみました。すると、ある養護学校の先生のお話が流れてきました。障害を持つ子どもさんのことを新たな視点で伝えてくれる内容で、今まで聞いたことのない素晴らしいお話でした。 この時もらったCDは、きっと神様からのプレゼントだったのでしょう。「今からあなたに障害を持つ子を授けるから、大事に育ててほしい」と言われたような気がして、この出来事は決して偶然ではなく、必然だったのだと思いました。 神様のお言葉に、   にんけんハみな/\神のかしものや   なんとをもふてつこているやら   (三号41)   (人間は皆々神の貸しものや、何と思うて使ているやら) とあります。 自分の体が神様からお借りしているものなら、我が子も神様からお借りする命。そんなかけがえのない命を、障害があるという理由でネガティブに捉えていた自分が恥ずかしくなりました。 今ここに置いて頂いている我が子の命を、親である自分自身が喜び、今日一日を過ごせたことを神様に感謝申し上げることで、この子の人生は幸せで有意義なものになると思いました。 そして、親孝行と人助けからとった「孝助」という名前...

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