
【仏教と雨】 梅雨の季節に心を見つめなおす
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このコンテンツについて
熊本市中央区京町の仏嚴寺(ぶつごんじ)より、今週も高千穂光正(たかちほ こうしょう)さんとともに、仏教にまつわるお話をお届けします。
🔶 お坊さんの足元にも「雨対策」あり
丸井:「雨の日でも、お寺のお仕事ってあるんですね」
高千穂さん:「もちろんあります。実は私たちが履いている草履には、雨の日用のビニールカバーを装着するんですよ」
草履の下には足袋を履いていますが、雨水が染み込むと泥だらけになってしまいます。
そのため、足元を守るための“雨具”もしっかり用意されているんです。
🔶 インド仏教における雨季(うき)と安居(あんご)
仏教が生まれたインドにも「乾季(かんき)」と「雨季(うき)」があります。
インドの雨季は非常に激しく、なんと3か月以上雨が降り続くこともあります。
この期間、仏教教団では「安居(あんご)」と呼ばれる学びの時間が設けられていました。
これは、修行僧たちが移動することで小さな命を踏んでしまうのを避けるため、一か所にとどまり、学問や修行に励むというものです。
🔶 日本にも伝わる安居の精神
この「安居」の伝統は、日本にも伝えられました。
浄土真宗本願寺派では、毎年7月下旬ごろに「安居」と呼ばれる最高峰の勉強会が京都で開かれます。
高千穂さん:「私もかつてお手伝いで参加したことがありますが、全国から集まった精鋭の僧侶たちが真剣に学び合う様子は圧巻でした」
九州からの参加は大変ではありますが、学びへの熱意は地域を越えてつながっています。
🔶 源信(げんしん)和尚の教えに学ぶ
今回は、親鸞聖人が心の師と仰いだ七高僧のひとり、源信和尚(げんしんかしょう)が著した『往生要集(おうじょうようしゅう)』のお言葉を平易にご紹介します。
高い山には雨水はとどまらず、必ず低いところに流れていく。
これと同じように、人もおごり高ぶれば仏の教えは心に入らない。
反対に、謙虚な心で師の教えを敬えば、その功徳は自らに流れ込むのだと。
🔶 仏教的に見る“高い山”と“謙虚な谷”
高千穂さん:「これはまさに“自力の思い上がり”を戒めたお言葉です」
努力や修行に偏るあまり、自分こそが正しいという思いにとらわれてしまうと、
阿弥陀様のはたらき=他力の救いを素直に受け入れることができなくなってしまう。
それが仏教の世界でいう「自力の限界」なのです。
🔶 まとめ:梅雨の季節は、学びのチャンス
今週は「仏教と雨」をテーマにお届けしました。
高千穂さん:「仏教が生まれたインドには3か月以上続く雨季があり、その間、修行僧たちは一か所にとどまり学びを深めていました。この教えは日本にも伝わり、今も“安居”という形で大切にされています」
そして、原信和尚の言葉にあるように、謙虚な心で教えを受け止めることの大切さ――
雨の時期だからこそ、自分の内面と静かに向き合う機会にしたいものですね。
🔶 次回予告:「英語で法話」について
次回は「英語で法話」というちょっと変わったテーマでお届けします。
仏教の教えを、もし英語で伝えるなら?という興味深いお話です。どうぞお楽しみに。
🔶 あなたのお悩み、聞かせてください
この番組では、リスナーの皆さまからのお悩み相談も受け付けています。
メールは → goen@rkk.jp までお寄せください。
🔶出演
お話:仏嚴寺住職・高千穂光正(たかちほ こうしょう)
司会:丸井純子
今週も最後までお聴きいただき、ありがとうございました。
あなたと結ばれたこのご縁に、心より感謝申し上げます。
では、また来週お会いしましょう。